心に嵐がやってきたとき
- Tomomi Masuda
- 2019年1月28日
- 読了時間: 3分
更新日:2019年1月31日
真剣に生きているからこそ、心が大荒れになることもある。
もちろん私にも。だれにでも。
でも、心に嵐がやってきたとき、
自分が嵐そのものじゃないことが分かるようになった。
嵐を外から眺めることができるようになった。
嵐が止むのを待つことができるようになった。
嵐が吹いてる理由をわかって(わからなくても)
自分を受け入れていくことができるようになった。
受け入れたくない自分にも、寄りそうことができるようになった。
今まで知らなかった自分がたくさん出てくること自体
大変だしつらいって思うこともあるけれど、
「ぜんぶ、よくなるために起こっている」
そのことを知っている。
絶対に今を乗りこえられることを知っている。
わたしは、「キラキラしてますね」とか「悩みなんてあるんですか」と言われたり
安定していると見られることも多いけれど、
わたしは他の人と同じくらい
むしろ他の人以上に悩んできた方だと思う。
何かが違うとか、
なぜいつも調子が悪いんだとか、
自分ばっかり苦労しているとか、
もう人生あきらめたいとか、
誰のせいにもできなくて、自分のことを責めていた。
明るくしていても自分の内側にはネガティブを飼いならしてきて、
自分の闇の部分をたくさん見ながら人生を送ってきた。
ときには、そういう部分を見ないようにぐるぐるまきにして蓋をして、見ないふり。
自分とはそういうもので変えられないと思ってたから。
でも、違った。
そうじゃなくて、
すべて自分でそう思い込んでいるだけだった。
無意識に反応しているだけだった。
他人はよく見えるものだし、
人間は、自分を否定しやすい生き物。
自分の枠の中で世界を見ようとする生き物。
でも、自分の思考や理解の枠が
自分そのものじゃないこと、世界そのものじゃないことがわかっていると、
人生の旅はもっと楽になる。
もっと自由に泳げるようになる。
自由に泳げなくしているのは、どんな自分?
自分って何人もいる。
ほら、心の声って多重人格でしょう?
自分に寄り添いながら、ひとつひとつ、ちゃんと聴いてみて。
その声をそっと抱きしめられたなら、
今までありがとうって自分の中から送り出すことだってできるから。
人間ってすごい生き物で、
どう生きるか、いつでも選択可能なんだ。
自分次第で、どんな風にも生きられるんだ。
どう生きてもいいんだ。
そんなことを
人生を送りながら、
ヨガやヒーリングをしながら、
いろんな人に助けられながら、
学ばせてもらっています。
がんじがらめになっていた自分が、ようやくほどけてきたと
感じるのは本当に最近のこと。
自分がほどけて自由になっていくことは、
他人を自由にすることだし、世界をほどいていくこと。
ほどいた先には何があるのか?
何もない。と思う。
自分の妄想で作り出すものは何もなくて
ただ、あるがままの世界が広がっているだけ。
自分をほどいてほどいてほどきまくったら、
どう生きるのか?何が幸せなのか?
それは自然に「わかる」もので、
生きるために必要なものや知恵は
自然に自分に届けられるし、
自分でちゃんと手を伸ばせる。
自分のあるがままは世界に受け入れられるものなんだ。
それが自然の摂理なんだ。
だから自分を、世界を信頼していいんだ。
わたしはこんなことを信じて生きてます。
リマインドが必要な人に届けられますように^^
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自分を愛そう。自分を生きよう。
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